『悪人』の深津さんのこと (試写済みネタばれ)

mixiに書いていたものを加筆転載。
ネタばれのようなものなので隠しで。
監督は深津さんのことを「サムライのような人」と言っていた。
要求された演技を淡々と黙々と応えようとしている姿がそう見えたそうだ。

深津さんの演技は昔嫌いだった。教科書通り、演技の型にはまっている女優さんだと思っていたから。でもやたら目がキラキラしていてどこか気になっていて目が離せないという矛盾もわたしの中に合って気になる女優を聞かれると無意識に彼女の名前を言うようになっていた。
教科書通りの演技だと思っていた彼女の演技の印象が覆されたのはキルをみたとき。ただただびっくりしたことを覚えている。

今回「悪人」を見て久しぶりに震えた。
いろんな人のレビューやフォトブックや雑誌のインタビューを端々まで読んで彼女ののびしろについて考えた。
ひょっとして彼女自身でも分からない引き出しがまだいろんなところにあるんじゃないかとそんなことを思った。今回観た映画で彼女の引き出しは確実に増えた。・・と思う。

ラストシーンで彼女は・・光代は首を絞められる。愛した男の手で殺されるんだと思ったとき光代は綺麗な目で彼をみる。そのシーンは何度かリテイクをくらって最終的に彼女も知らない切ないキスシーンに変わった。紅潮した頬は本当に首を絞められていたから。演技を越えて本当に。

撮影秘話の中によく監督が口にするのは「愛情と言う欲望に駆られた深津さんが見たいからオファーした。」だった。
わたしはその言葉に少し違和感を覚えていたのだけれど、ラストシーンのキスシーンを見たあとしばらく空気に呑まれて、そのしばらくあとに撮影秘話の吉田さん(作者)と妻夫木くんの対談を読んでどこかすとんと納得をした。
「監督と話し合って、深津さんに内緒でキスすることにしたんです。」
ただ単純に首を絞められて終わることに、何か足らないと言っていた監督は「首を絞めているのに愛おしくてキスを交わす」と言う矛盾を描くことで画にしっくりくるかもと思いついただけかもしれないけれど、その選択は深津さんに伝えなかったことで成功したんじゃないかとふと思った。たぶん知っていたら彼女はあんな表情をしなかったと思う。
言い方は悪いけれど無難にこなしたんだと思う。
無難と言ってもそのときの全力だと思うけれど。


悪人は久しぶりに丁寧に描かれた邦画だと思う。
キャスト陣が豪華とかそういうことではなくて、美術も設定も原作も心情もすべてが丁寧に描かれたそんな邦画だとそう思う。

わたしのお気に入りはバスのシーンで、祐一の膝の上に手を置いたのは光代だけれど、光代のその手をつかんだのは祐一でその心情を考えるとフィルターを通して画面自体が暗くなって台詞もないけれど、でも風景とか情景が食い込んできてグっとくる。

そのシーンではないけれど、ひとつだけ心情にまつわるエピソードを。
一度躰を重ねた後のシーンをそのシーンの前に撮らないといけなくて二人に(妻夫木くんと深津さん)に「しばらく僕がいいと言うまで抱き合ってて下さい」と監督が言ったそうで深津さんは一言「李監督っていつもこうなの?」とだけ聞いて妻夫木くんが「そうだよ」と応えて外で黙々と抱き合っていたそうで、数時間抱き合ったことによりそこはかとなく雰囲気が出てOKになった、と。
映画は時間をかけて撮ると言うけれど強行スケジュールの中でそこまで雰囲気を作っていく姿勢に「ああ、いいなぁ。」とそんなこと思った。

<追記>
9月6日に発売されたAERAを読んだ。
監督と吉田さんへのインタビューと深津さんと妻夫木くんの対談が載っていてラストのキスシーンに関して深津さんは「おお、そうきたか。」と思ったらしい。
深津さんの視線から言うと、難しくてどうしようと考えていたとき監督と妻夫木くんがふらっと消えて単純にわくわくしていたんだと思う。
妻夫木くんがよく懐深く受け止めてくれた深津さんがいなければ祐一は成り立たなかったという意味合いの言葉を口にしていたけれど、発信して輝く人は人から発せられたものの受け止め方も上手なんだなとそんなことを思った。